「やれ」と言われなくても動けるようになった。代官山で「主体的な勉強力」を獲得
「代官山では“やれって言われなくてもやるようになった”んです。」
そう語るのは、昭和大学医学部Ⅰ期に合格した青島秀明さん。
愛知・岩手・杏林・獨協・帝京・東北医科薬科大学など、1次合格は7校、2次合格は5校。
「先行逃げ切り」という学院長の言葉どおり、最初の1週間でほぼ全校の2次試験を通過させた。
入塾のきっかけは、兄の友人からの勧めだった。
「兄が聖マリにいて、その友人の平井豪さんが“代官山は本気で面倒見てくれる”って言ってて。
浪人するならここしかないと思いました。」
入学してまず感じたのは、“自分ではなく、環境が動かしてくれる”予備校だということ。
「最初は自分からは動けなかったけど、代官山にいたら自然に動くようになる。
“やれって言われなくてもやる”ようになったのは、この場所だからこそです。」
彼が代官山で徹底していたのは、時間を守ること。
「毎朝6時半に寮で朝食を取って、7時15分までに代官山に行く。
夜は9時15分に出て夕食。どんなに疲れてても、このリズムだけは絶対に崩さなかった。
“水は低きに流れる”って石井先生が言ってたように、気を抜くとすぐ下がる。
でも時間だけは絶対守ろうと決めてました。」
その生活の中で刺激を与えてくれたのが、同じA2クラスの仲間たちだ。
「錦織祐くん(岩手医科大医学部進学)が朝5時に来て夜9時半まで勉強してたんです。
僕もA2からM4に上がったけど、錦織くんがM2に行っちゃって。
“やばい、離された”って思って、ギアを上げました。
身近に目標を持てる環境があるのが、代官山の一番の強みだと思います。」
学習の方針も大きく変わった。
「代官山で一番意識したのは、“手を動かすこと”。
英語が苦手だったので、単語を5回書いて満点を目指してました。
手を動かしてると眠くても起きていられるし、何より記憶に残る。
柳瀬先生に“ノートが汚い”って怒られてから、字も丁寧に書くようになりました(笑)。」
先生との出会いも、彼の学び方を大きく変えた。
「柳瀬先生は本気で怒ってくれる。
原先生や啓寿先生も“青島君なら大丈夫”って励ましてくれました。
酒井先生からは“守破離”を教わって、まず型を守ることの大切さを知りました。
型を固めてから破る。あれが僕の勉強の基礎になったと思います。」
各教科の“型”を自分の中に築いたことが、合格への道を開いた。
「数学は平パン(平野先生)のテキストを完璧にしました。
あれは入試でそのまま出るレベルです。
化学は原先生に“この解法があれば全部解ける”って言われて、
ハンドブックに書き込んで復習しました。
小論文は浩先生の“型”があったから1200字でも楽に書けた。
結局、全部の教科で“型を持つ”ことが安心につながりました。」
モチベーション維持の源は、競争と可視化だった。
「マンスリーテストの順位でクラスが決まる。
だから“大学受験のための勉強”というより、“クラスを落とさないための戦い”でした。
A2は上も下も見える位置だから、焦りもあったし、負けたくない気持ちが強かった。
でもその緊張感が、最後まで腐らずに頑張れる理由になったと思います。」
代官山の日々を通じて、彼が学んだのは「謙虚さ」と「競争心」の両立だった。
「代官山では、誰がどの科目に強いか全部分かる。
他者評価される環境で、自分の立ち位置を常に意識できた。
“慢心したら負け”っていうのは本当だと思います。
先生たちが本気で受からせにきてくれるから、自分も全力で応えなきゃいけない。
あの1年が、人生でいちばん密度の濃い時間でした。」