「長年見られなかった『合格』の文字」 苦手から逃げず、自分との戦いを制した二年間

高校3年の夏、兄の阿久津一馬くん(作新学院高校卒・東北医科薬科大医学部進学)が通っていたことをきっかけに代官山MEDICALへ入塾した阿久津弘樹くん。現役時代は栃木から新幹線で通い、本科生となってからは長時間の勉強と苦手に向き合い続けた。一年目は3校の一次合格を掴みながら最終合格には届かなかったが、その経験から自分に足りないものを見つめ直した。本科生としての二年間の試行錯誤の末、岩手医科大学正規合格を掴み取った。

高3の夏、栃木から代官山MEDICALへ

代官山MEDICALを知ったきっかけは、兄の一馬くんが通っていたことだった。家族から勧められ、高校3年の夏に入塾。当初は地元の塾で十分だと考えていたが、医学部予備校で学ぶことを決めた。

夏休みは東京に滞在したが、学校が始まると栃木からの遠距離通学となった。土曜日は学校を終えて宇都宮駅から新幹線に乗り、21時まで授業を受けて終電の一本前で帰宅。「かなりしんどかったです」と振り返りながらも、推薦対策や一般入試の勉強を続けた。

「一日が終わらない」勉強時間との戦い

現役での合格は叶わず、代官山MEDICALの本科生として再スタートを切った。最初の壁は長時間の勉強だった。

現役時代は「2時間が結構限度だった」という阿久津くんにとって、朝から夜まで机に向かう生活は大きな変化だった。「一日が終わらないなっていう感じがすごかったです」。特に自習では、分からない問題を自分の頭で考え続ける時間に精神的な負荷を感じていた。

一年目の悔しさが、二年目の勉強を変えた

一年目は杏林大医学部、埼玉医科大学、金沢医科大学の3校で一次合格を掴んだが、最終合格には届かなかった。

この経験が二年目の転機となった。一年間の受験を経験し、「自分のどこが駄目だったのか」が見えるようになったのだ。「そこをどうにかしようっていう思いが強かった。勉強をやる明確な目標が生まれたのが大きかったと思います」。

特に苦戦した化学では、分からない問題への向き合い方も変わった。

一年目は「自分で答えを出すべきだ」と考え、簡単には先生へ質問できなかった。しかし二年目には、自分がどこでつまずいているのかを判断できるようになった。数学で解法の入口すら見えない時には「初手のヒントだけください」と質問した。

マンツーマン授業でも様々な考え方を学び、複数のアプローチから自分に合うものを選ぶ。分からないことを正しく把握し、先生を頼って解決する力を身につけた。

仲間の努力が、自分を机へ向かわせた

仲間の存在も阿久津くんを支えた。同じクラスには寺田晴哉くん(慶應義塾高校卒・北里大医学部進学)がおり、休み時間にも一緒に英単語を覚えた。周囲の勉強量に劣等感を抱くこともあったが、「置いていかれたくない」という気持ちが生まれた。

食事中も勉強の話をし、空いた時間には単語帳を開く。「ここでやらなかったら、どんどん差を広げられて追いつけなくなる」。身近な仲間の努力が、自分一人では勉強を続けることが苦手だった阿久津くんを机へ向かわせた。

長年見られなかった「合格」の二文字

二年間の挑戦の末、岩手医科大学の正規合格を掴んだ。合格発表は聖マリアンナ医科大学を受験していた昼休み。画面を確認すると、待ち続けていた文字があった。

「長年見られなかった『合格』っていう文字を見ることができて、とても嬉しかったです」。

苦手から逃げず、自分に足りないものを埋め続けた二年間が報われた瞬間だった。

後輩へ――「暗記から逃げないでほしい」

後輩へ最も伝えたいのは、「自分でやるべき暗記から逃げないでほしい」ということだ。

「暗記は結局どこまでいっても自分との戦いになっちゃう。完璧にしろということではなくて、苦手でもいいから、暗記をする努力をちゃんとしてほしい」。

長時間の自習も暗記も苦手だった阿久津くんだからこそ、その言葉には二年間の実感が込められている。