2号館に上がった夏、「もしかしたら受かるかもしれない」その感覚が、現実になった。
「代官山MEDICALで、間違いなく人間的に成長しました。絶対です。」
そう語るのは、広島修道高校出身の西谷蓮太朗くん。北里大学医学部に進学し、岩手・東北・久留米など複数の医学部で2次合格を果たした。だが、その道のりは決して一直線ではなかった。
「やっぱり、医学部に行きたい」——父に頭を下げた1か月
2浪終了時点で、歯学部には合格していた。父からは「もう歯学部に行け」と言われていた。
「正直、覚悟はしてました。でも、歯学部に行ったら絶対後悔するって思ったんです。」
仮面浪人、再受験。どれも自分には耐えられないと感じた。「やっぱ医学部に行きたいですって、父に1か月間、ずっと頼み込みました。」今年落ちたら歯学部に行く。その約束をして、代官山MEDICALに戻った。
3年目の夏、2号館で生まれた「受かるかもしれない感覚」
1年目A8、2年目A5、3年目A1。そして、念願の2号館へ。「正直、雰囲気は全然違いました。2号館の方が、明らかに緊張感がある。」会話はすべて勉強の話。マンスリーテストのランキングも、遠慮なく見せ合う。「仲良いからこそ、『その順位やばくね?』って普通に言われるんですよ(笑)」その刺激が、「Mクラス勢を全体的に抜いてやりたい」という原動力になった。
「この先生たちに付いていけば大丈夫」
英語は三ツ橋先生。あえて厳しい先生を選んだ。「浪人長いんで、これくらい言われないとやらないと思ってました。」数学は平野先生。テストゼミで出た問題が、そのまま入試に出た。「あ、もう受かったなって思いました(笑)」化学は菊本先生。3年目は“鬼”の指導で気の緩みを許さなかった。「遅刻したとき、『その緩みが3浪につながってる』って言われて、
本当にその通りだと思いました。」物理は柳瀬先生。演習プリント100枚という徹底指導が、
得点源を支えた。
「見た瞬間、終わった」がなくなった入試本番
3年目になると、問題を見たときの感覚が変わった。「この系統、見たことあるなっていう問題ばかりで、何から手を付ければいいか分からない、ってことがなかった。」代官山のテキストを何周も回し、類題経験を積み重ねた成果だった。
マンスリーが教えてくれた“精度の大切さ”
マンスリーテストでは、ケアレスミスも容赦なく減点される。「ここでミスるんだなって、
自分の弱点に気づかされました。」その経験が、入試本番の見直しに直結した。「河合や駿台より、マンスリーテストの方がよっぽど意味ありました。」
浪人が長いからこそ、気を緩めない
後輩へのメッセージは、明確だ。「浪人が長くなるほど、壁は厚くなる。だからこそ、絶対に気を緩めないでほしい。」1次で点数を取ること。それが、2次・面接を乗り切る最大の武器になる。
「受かってしまえば、すべてが変わる」
医学部に入学して、浪人への負い目は消えた。「大学では、浪人なんて全然関係ない。
受かったら、もう医学生です。」最後に、将来の姿をこう語ってくれた。
「白衣をなびかせて歩く医者になりたい。患者を救える医師になるために、これからも頑張ります。」