上のレベルに身を置き、弱点から逃げずに戦い抜いた

「受験の失敗とか悔しさって、もう合格でしか拭えないと思っていました。」
そう語るのは、城北高校を卒業し、昭和医科大学への進学を決めた盧 真朝くん。北里・帝京・福岡・獨協医科大学など複数校で二次合格を勝ち取り、後期試験の最後を“昭和合格”で終えた。「最後を昭和の合格で締めくくれたのは、良い終わり方だったと思います。」と静かに振り返る。

「もう一度やる」と決めた瞬間から、受験は始まっていた

盧くんは現役時から代官山MEDICALに通っていた。思うように結果が出ない時期もあったが、そこで逃げる選択はしなかった。
「きついけど、もう一度頑張るしかないって。自分が一度決めた道は、自分で責任を取ってやり切るしかないと思っていました。」
二浪目のスタートはM1クラス。それでも心の中には、後ろめたさや悔しさが残っていたという。「きつい期間は長かったと思います。」──その葛藤を抱えながらも、まずは“やり切る”ための生活を整え直した。

「同じレベル」ではなく「上のレベル」に近づく

今年、盧君が特に意識したのは「自分より上のレベルの人と話す」ことだった。
「自分の知らない勉強観を知りたかったし、年上の人とも積極的に話して、考え方を増やしたかったんです。」
上位層との会話から得られる視点は、学習の組み立てだけでなく、面接での対応力にもつながったという。「分からないことを振られても、返答の糸口がすぐに作れるようになりました。」

さらに、昨年まで避けてきた弱点とも正面から向き合った。化学が安定してきた分、「今やるべきは英語と物理」と判断し、時間をかけてこなかった分野を徹底的に見直した。
「自分の失敗とか、駄目だった所、受け入れてこなかった所を重点的にやりました。」

“早く始められる環境”が、量と精度を底上げした

代官山MEDICALの強みとして、盧君がまず挙げるのは「早い時間から勉強できること」だ。加えて、生徒同士の距離が近いことで、学習の質も変わったという。
「先生にすぐ聞く前に、友達と仮説を立ててから質問に行くようになって、学習レベルが上がりました。」
結果として、モチベーションもより具体的になった。テストの順位・クラス・点数が、志望校の現実と結びつくためだ。

「見直しで勝つ」──“取れるところを落とさない”戦い方

盧さんの学習は、時間帯によって科目の性質を分けるところから徹底していた。朝と夜は暗記、授業の合間は思考系。
「朝や夜は頭が疲れるので、単語や無機みたいな暗記をやっていました。数学や物理は、頭が動く時間帯に。」

8月にはマンスリーテスト総合1位も経験する。その要因として本人が強調するのは、「見直し時間を必ず作ったこと」だった。
「解けない問題があっても、無理に追わずに各科目10分くらい余らせて、見直しに回しました。」

一方で、マンスリーテストで大きく順位を落とした経験もある。
「11月に40位くらいまで落ちて。見直しをやってなかったのが原因だったと思います。」
その反省から、受験で本当に強いのは“派手さ”より“安定”だと確信した。
「『俺こんだけできる』より、落としちゃいけない問題を落とさない人が受かると思います。全部を堅実に取れる方が強いです。」

先生との距離が近いから、甘えが許されなかった

二浪目、継続を迷った時期もあった。しかし「やっぱりここしかない」と決めた理由は環境だった。
「先生との距離が近くて、授業でも質問でも厳しくしてくれる。それが自分には必要でした。」
平野先生(数学科)や中村先生(数学科)、小澤先生(物理科)からの言葉は、甘えが出そうな瞬間に自分を戻してくれたという。
また、教務の先生とも密に対話し、マンスリーテストの結果を持っていき、反省を言語化して叱られに行った。
「緒方学院長には、結果を見せてお叱りを受けに行っていました。」
“追われる側ではなく、追う側でいる”という意識も、この一年の推進力になった。

「悔しさは合格でしか拭えない」──だから、へこまず前へ

代官山MEDICALでの三年間を通して、盧さんは学力だけでなく、受験との向き合い方が変わったと語る。
「人間的な面でも成長したし、勉強に対する考え方の変化にもつながったと思います。」

最後に、後輩への言葉は明確だった。
「去年失敗した人も、悔しい思いをした人もいると思います。でも、その悔しさは合格でしか拭えない。へこまずに頑張ってほしいです。」