「先生方に合格をプレゼントしたい」 その想いを胸に、誰よりも努力を重ねた一年
現役時代には化学の偏差値が30台だったこともある栁沼友那さん。現役での合格は叶わなかったが、「お世話になっている先生方に合格をプレゼントする」と決意し、浪人生活をスタートさせた。仲間と競い合い、苦しい時には先生の言葉に支えられながら努力を重ね、最後に掴み取った東京女子医科大学合格。その一年を振り返る。
「面倒見の良さ」と集団授業が決め手に
現役時代、化学の偏差値が30台だったこともある栁沼さん。代官山MEDICALを選んだきっかけは、合格した知人から聞いた「とにかく面倒見が良い」という評判だった。「自分一人では計画が立てられない」「大手では埋もれてしまう」という不安があった栁沼さんにとって、講師が生徒一人ひとりの名前だけでなく、性格まで把握している環境は理想的だったという。
もう一つの決め手が集団授業だった。「自分のペースに合わせる個別指導では、マイペースな勉強になってしまってはいけないと思いました」。同じ医学部を目指す競争相手がいる環境に身を置き、その背中を追うことで、自分自身を奮い立たせようと考えたのだ。
「合格をプレゼントする」覚悟の浪人生活
現役での合格が叶わず浪人を決めた時、栁沼さんが心に誓ったのは「お世話になっている先生方に合格をプレゼントする」ということだった。その決意は日々の行動にも表れた。
「まずは朝型生活を徹底しようと意識しました」。周囲の生徒よりも1時間早く登校し、静かな自習室で勉強時間を確保した。食事の時間も、あえて一人で自習室にこもることを選んだ。「私は要領が良くないので、時間でカバーするしかないと思ったんです」。自分の弱点から目を背けず、それを圧倒的な勉強時間で補おうと努力を重ねた。
仲間であり、負けたくない競争相手
受験生活を支えたのが、長谷川さん(長谷川 綾音さん:雙葉高校卒 東京医科大学進学)をはじめとする仲間たちだった。「代官山MEDICALでの仲の良さっていうのは、遊びに行く仲の良さではなくて、勉強面に繋がってくるんじゃないかなと思うんです。」
問題を一緒に解き、分からなければ教え合う。それでも解決できなければ、一緒に先生へ質問に行く。全員が医学部合格という同じ目標を持っているからこそ、互いの存在そのものが勉強への刺激となった。
テストごとに掲示されるランキングにも大きな刺激を受けた。「一緒に頑張っていた仲間たちが高い順位を取っていると、負けないように自分も頑張らないといけないと思って勉強できました。」仲間であると同時に競争相手でもある環境が、栁沼さんを前へと押し続けたのだ。
苦しい時に支えた「今は踏ん張る時」
努力を続けても、思うように結果が出ない時期もあった。成績に悩み、何度も泣きながら先生のもとへ相談に行った。
そんな栁沼さんの心に今も残っているのが、2年間お世話になった緒方先生(代官山MEDICAL学院長)からの言葉だ。「頑張っているのは知っている。今は『踏ん張る』時だ」。栁沼さんは「折れそうな心を繋ぎ止めてもらえました」と振り返る。緒方先生だけでなく、多くの先生に何度も相談し、そのたびに励ましの言葉をもらった。苦しい時に自分を見てくれている先生の存在が、最後まで歩みを止めない支えとなった。
補欠16番。それでも勉強を止めなかった
東京女子医科大学の結果は補欠16番。合格が回ってくるか分からない不安を抱えながらも、後期入試に向けた勉強を続けた。「16番だったとしても、回ってこないかもしれないっていう番号だったのが本当に苦しくて。でも、その中でも後期入試のための勉強を続けなければならないということで、苦しい気持ちの中で勉強していました」
そんな3月、母から届いたのが「合格したよ!」という電話だった。連絡を受けた瞬間、家族全員で飛び上がって喜んだ。「やっと大学生になれるということが決まって本当に嬉しかったです」。2年間積み重ねてきた努力が、ついに医学部合格という形で実を結んだ瞬間だった。
後輩へ――偏差値が低くても、諦めなくていい
「偏差値がどれだけ低くても、諦める必要はありません」。栁沼さんは自身の経験を振り返り、後輩たちにそう語る。
代官山MEDICALには、自分の弱さを理解し、本気で向き合ってくれる先生がいる。そして、同じ目標に向かって互いを高め合える仲間がいる。栁沼さん自身、その環境の中で努力を続けたからこそ、最後まで諦めることなく医学部合格を掴み取ったのだ。