失敗した時こそ、先生のところへ行った

雙葉高校から、東京医科大学・日本大学・帝京大学・東邦大医学部・岩手医科大学医学部へ合格。

長谷川さんの受験生活は、“悔しさ”から始まった。現役時代、東京女子医科大学の一次試験を突破しながらも、最終合格には届かなかった。「絶対に女子医大より上へ行ってやる。」

その強い思いを胸に、浪人生活の一年間を走り抜けた。

「もう一浪しなくていい」と思えた瞬間

最初に届いた正規合格は岩手医科大学医学部だった。合格を知ったのは帝京大学医学部の二次試験を終えた直後。

「まず『もう一浪しなくていい』と思いました。」

志望順位よりも先に込み上げたのは、一年間の努力が報われたという安堵だった。

母と父の後押しが浪人生活を支えた

代官山MEDICALを知ったきっかけは、母親が医学部専門予備校を調べて勧めてくれたことだった。見学で目にしたのは、多くの生徒が講師へ積極的に質問する光景だった。

「勉強が苦手な自分でも、ここなら支えてもらえると思いました。」

現役時代に結果が届かず浪人を決めた時も、父親は「今から新しい環境へ変えるより、この環境で一年頑張った方がいい」と背中を押してくれたという。家族の支えがあったからこそ、もう一年頑張ろうと前を向くことができた。

悔しさを力に変え、生活を変えた一年

現役時代、女子医科大学や聖マリアンナ医科大学では物理が大きな課題だった。

「あと20点あれば合格できました。」

その悔しさから、「物理を克服するしかない」と決意。さらに浪人生活では生活習慣も一新し、月曜から土曜まで毎朝6時30分に登校する生活を一年間続けた。

 

「今日頑張れば、来年もっといい大学へ行けるかもしれない。」

その思いを胸に、一日も無駄にしない努力を積み重ねた。

苦しい時ほど、基本と先生を信じた

順調な一年ではなかった。7月にはマンスリーテストの順位が29位まで落ち込み、大きなショックを受けたという。しかし難問へ逃げることはせず、計算トレーニングや英単語など基礎へ立ち返った。さらに受験直前、赤本で思うような点数が取れず涙を流した日もあった。

それでも逃げずに先生のもとへ向かい、「なぜできなかったのか」を一緒に分析し、次にやるべきことを整理していった。失敗から目を背けず、改善を積み重ねたことが、大きな成長につながった。

支えてくれた先生、仲間、そして家族

数学の平野先生は厳しく接しながらも最後まで伴走し、英語の青葉先生はできている部分を認めて自信を与えてくれた。ランキングで競い合う仲間の存在も、大きな刺激になった。

そして何より、母親は毎朝自分より早く起きて弁当を作り、父親は悩んだ時に励まし続けてくれた。

「両親には本当に感謝しています。」

先生、仲間、家族――多くの人に支えられたからこそ、一年間努力を続けることができた。

後輩へ

「不安になることは何度もあると思います。でも努力を続ければ、結果は必ずついてきます。」

そして、長谷川さんが一番伝えたいことはもう一つある。

「失敗したからといって先生から逃げないでください。できなかった時こそ相談することで、自分に足りないものが見えてきます。」

 

現役時代の悔しさを忘れず、努力を積み重ね、周囲を頼りながら走り抜けた一年。その積み重ねが、東京医科大学医学部正規合格という大きな結果へとつながった。