「テキストとプリントだけでいい」その言葉を信じてやり切った先に、医学部合格があった。

少人数クラスでの競争、徹底した復習、2次対策の積み重ね。代官山MEDICALでの1年間が、三橋さんを昭和医科大合格へと導いた。「受験が終わったとき、やっぱり代官山MEDICALにして良かったなって思いました」そう語るのは、東京女学館高卒の三橋祐月さん。昭和大学医学部に進学し、東京医科大・杏林大・愛知医科大など複数校に正規合格。

だが医学部合格は決して近いものではなかった。

「英語以外、全部足りなかった」現役時代

現役時に受けた模試では、英語以外の科目は偏差値40台。「英語だけは70くらいあったんですけど、それ以外が全然ダメで。」医学部専用の模試では、どの大学もD〜E判定。

「このままじゃ無理だなって、はっきり分かりました。」

少人数だから生まれた「競える関係」

代官山MEDICALで印象的だったのは、クラスの雰囲気。「大手みたいに大人数じゃなくて、

少人数だからこそ仲間との結束力が強かったです。」特に仲が良かったのは、小島さん(小島 香音さん:昭和医科大進学)、田中さん(田中優衣さん:昭和医科大進学)、河田さん(河田英美里さん:東北医科薬科大医学部進学)たち。「おしゃべりする関係じゃなくて、ウィークリーテストやマンスリーテストの順位を競う関係でした。」互いを刺激し合う環境が、自然と勉強量を引き上げていった。

「やることは決まっていた」

勉強法は、極めてシンプル。「ひたすらテキストの復習と、マンツーマンのプリント。

余計な参考書は一切やりませんでした。」その選択が正しかったと感じたのは、入試本番。

「近畿大の英文法で、テキストと全く同じ問題が出てきたんです。」「これだ!」と確信した瞬間だった。勉強量を増やすよりも、三橋さんが大切にしていたのは、自分の集中力を正しく把握することだった。「無理に続けても効率が落ちるので、集中が切れたら一回やめて、翌日に回すようにしていました。」やることは絞り、無理はしない。その判断が、1年間の安定した学習を支えていた。

マンスリーテストが、気を緩ませなかった

代官山MEDICALのマンスリーテストは、返却が早い。「返ってきたその日に、すぐ解き直ししてました。」順位表も、良い刺激になった。「勝手にライバルを決めてました(笑)。

生物なら香音ちゃん、英美里ちゃん、飯島ちゃん(飯島百合子さん: 杏林大医学部進学)」

その競争が、最後まで集中力を保つ原動力になった。

「推薦合格」が、一般入試への余裕を生んだ

近畿大学医学部の推薦合格は、大きな意味を持った。「自分がどれくらい成長できたかを、

本番で試せたのが良かったです。」合格によって、一般入試にも落ち着いて臨めた。

「もし不合格だったら、正直かなりきつかったと思います。」

2次対策で「伝え方」が変わった

もともと苦手意識のあった2次試験。だが、小論文科・高橋浩先生の指導で意識が変わった。「言うべきことが一瞬で分かるようになったんです。」東京医科大の面接では、「将来立派な医者になりそうですね」と声をかけられた。「対策していて本当に良かったと思いました。」

「医学部は、思っていたより遠くなかった」

最後に、受験を終えた今の率直な思い。

「医学部って、もっととんでもなく遠い存在だと思ってました。」

だが実際は——「ちゃんとやることをやっていれば、届く場所だったんだなって思います。」