「二年で決める」と誓った日から始まった、逆転への前倒しの歩み
「ここで二年やり切れば、きっと届く」。と覚悟したその瞬間から、中島君の医学部受験は本格的に動き出した。代官山MEDICALでの二年間は、早いスタートと環境への順応が、確かな自信へ変わっていく過程でもあった。
代官山MEDICALを選んだ理由
父と祖父が医師という家庭で育ち、医学部進学は自然な目標だった。浪人を決めた後、親と東京の予備校資料を比較する中で代官山MEDICALを知る。授業が夜まであり、寮と食事が整っていること。「生活の不安を減らし、勉強に集中できる環境」が決め手となり入塾を決めた。
“勉強が当たり前になる”日常
「一日が授業と自習で自然に区切られていて、『今日は何をやろう』と考える時間がほとんどなかったのが良かったです」授業と自習のリズムで集中力が安定した。また、先生との距離が近く、質問や相談がしやすい環境も大きかった。迷いを抱え込まず、その都度軌道修正できたことが継続につながった。
2号館で感じた緊張感と二年目の覚悟
「二年目に2号館に移って、周りが当たり前のように勉強しているのをみて、『自分もこれくらいやらないとダメだな』と自然に思うようになりました」一浪目の不合格後も、進路に迷うことはなかった。予め決めていた「二年で終わらせる」という前提が、気持ちを切り替えさせてくれた。中島君は、感情に振り回されるタイプではなかった。 一浪目で結果が出なかったときも、「次はどうするか」に意識を切り替え、立ち止まることはなかった。二浪までと決めていたからこそ、迷いは少なかった。「落ちたときも、『じゃあ次どうするか』って考えていました。二年で終わらせるって決めていたので、切り替えは早かったと思います。」期限を決め、環境に身を置き、淡々と続ける。 この姿勢が、二年目の安定した学習と前倒し行動につながっていった。
合否を分けた“2ヶ月前倒し”
一年目終了後の2〜3月。多くの受験生がまだ動いていない時期から勉強を再開した。 「2ヶ月早く始めただけで、周りより先に立てた感覚があった。」この前倒しが、クラスアップの要因にもなり、推薦受験時の学力と精神的余裕につながったと振り返る。
夏の中だるみと立て直し
春までは順調だったが、夏に気の緩みが生じた。緒方学院長から「このままでは受からない」と指摘され、悔しさから涙を流したという。「でも、その時に2〜3月に必死でやっていた自分を思い出して、もう一度ギアを上げようと決めました」
推薦入試への挑戦は学院長の提案だった
面談において、緒方学院長が学力の仕上がりや受験全体の流れを見極めたうえで、金沢医科大学の推薦受験を提案。その誘導により受験方針が明確になり、推薦合格・進学へと結びついた。
これからと後輩へ
目指すのは、父や祖父のように地域に信頼される医師。 後輩にはこう語る。「続ければ、なんとかなる。途中で折れないことが一番大事です。」 中島君の合格は、期限を決めた覚悟と、2ヶ月前倒しで動いた行動の積み重ねの結果だった。代官山MEDICALの環境の中で、自らを律し続けた二年間が、確かな合格へと結実した。